ここに一冊の本がある。

「男と女□特別号 HAMAMATSU TPO」。

先日、近所にある神社裏(的な場所)で、雨上がりの朝に偶然拾ったものだ。
発行は奥付に昭和47年1月1日とあるので、かれこれ50年近く前のものである。
内容はその当時の、浜松の街なかを中心とした飲食店や娯楽施設などを、イラストをふんだんに使って紹介する所謂「タウン誌」的なものだろうか。
おそらくまだ「ぴあ」なども無かった時代に、浜松という地方都市でタウン誌が作られていたことはあまり知られていない。
ここからは憶測になるのだが、当時(現在もいるが)の自称クリエイターたちが「俺たちでメディアを起ち上げようぜ!」などと息巻いて、その勢いで作ってしまった1号限りの「燃え尽き型」の雑誌ではないかと思われる。

そもそも「男と女」という雑誌(?)がメインで、これはその特別号という位置づけのようだ。

それにしても中身の充実度はどうだ。なにしろ昭和47年当時の浜松の文化や風俗がほとんどこの一冊で理解することができるのだ。
最初の見開きは街なかを中心としたイラストマップ。当時の流行を取り入れたイラストのタッチが繊細で丁寧だ。時はモーレツ全盛、おそらくイラストレーションを兼ねたデザイナーが自分たちの足で直接見て、聞いて、校正して、毎晩寝ないで作ったに違いない。

もちろんすべて手描き&版下で制作。恐れ入ります。

ページをめくるとまずは当時の風景とともに浜松の概要が語られている。ちなみに昭和46年の総人口は446,951人で、懸案となっていた東海道の高架化が5年後には完成の運び、とある。市役所の裏にはまだ動物園があり、夜の歓楽地No.1は千才町で、のんべえ連中からは「チトセムラ」と呼ばれていたらしい。

そこから先はほぼ店舗や施設の「広告」ページである。そのほとんどは新聞などのメディアには登場しないローカルな場所なので、ここで紹介される内容はこれもおそらく編集者(デザイナー?)が一軒ずつ廻って作ったものだろう。写真のものもあるが、2色刷りという制限もあってか、やはり味のあるイラストが多用されている。

日本有数の有限会社「春華堂」の広告展開は今も昔もチャレンジングだ。
洋菓子で有名な「まるたや」もパリを思わせる素敵なタッチのイラストが。おや?チーズケーキがまだないぞ・・・
浜松で一番最初に自動ドアを導入したカレー店「ブータン」。今も昔も変わらぬ美味しさ。
有楽街にあった「Mr.Shop COX」はメンズ御用達の店。イラストで店内と店員を紹介。トラッドな品揃えが粋だ。
「ハイオクGASに似たグーなCOFFEEが思い出をつくる」というコピーがイカしてる。その名も「トライアンフ」。
婦人服地とプレタポルテの店「鈴三ストアー」のイラストはなかなかの力作。
ジウジアーロがベースをデザインした最高にクールな軽自動車、スズキ・フロンテクーペ。

ここでは紹介しきれないが、他にも「ビフテキのベコ」、「スナック・チビ」、「シャモニー」、「シャンテリー」、「サンマリノ」、「SAXON」、「ヴァンファン」など名前を聞いただけでも魅力的な店が多数掲載されている。ちなみに「サンマリノ」は今も奥浜名湖畔にあり、当時22歳だったマスターとともに現在も元気に営業中。特に手作りのハンバーグは美味。ぜひともお試しを。さらに当時はボウリングブームだったこともあり、ボウリング場やゴルフ練習場などのレジャー施設も多数紹介されている。巻末にはタウン誌らしく、星占いやちょっと際どいコラムやグラビア、映画情報が。松菱劇場では「007ダイヤモンドは永遠に」、中央劇場では三船敏郎とブロンソンが競演した「レッド・サン」が上映中。う〜ん、いい時代だ。

裏表紙には発行が年初だったせいか、1972年のめちゃくちゃ使いにくそうなカレンダーが。値段は100円。これは高いのか安いのかよくわからないが、これだけの広告を募った努力と、それらを一冊にまとめ上げた、当時のクリエイターたちの血と汗と涙に敬意を表したい。

自分もクリエイターの端くれとして、浜松の文化と広告業界の貴重な歴史を垣間見ることが出来たことを幸せに思う。この本と浜松のデザイン業界の礎を作った先人たちの思いを胸に、これからの浜松をもっともっと盛り上げて行けるように、燃え尽きるまでがんばってみようと思う次第である。

文・フランク雑太